「爆導鎖!!!!」
けたたましい金属音を立てながら、鎖に連結された銃剣が惣太を囲む。その形は、紛れも
なく十字架だ。
地面に突き刺さり、その衝撃で柄に仕込まれた火薬が点火。十字形によって更なる聖性を
付加された爆炎が惣太を襲う。
「AAAAAAMEEEEEENNN!!!!!」
その聖句も、既に惣太の耳には届いていない。
そんな吸血鬼の心臓に今こそ銃剣を突き立てんと、神父は歩み寄る。
(殺される……)
死を踏破し人を超越した自分が、人に死を与えられる。
(ふざけるな……)
久遠の果てに出会えた彼女に、また孤独な旅をさせるのか?
(ふざけるな……!!)
吸血鬼である自分が、心臓を串刺しにされるのか? このオレが?
ヒトを串刺しにして並べたあの伯爵の末裔が、串刺しにされるだと?
「餌の分際が、調子に乗るんじゃねェッ!!」
本当に、一切の加減なしの手刀を突き出す。
自らの筋力で腕がズタズタになるのも意に介さず、技も狙いもなく、ただ力任せに振るう。
暴力を叩き付ける。吸血鬼の真の力を。
「畜生が、オレを、舐めるな……!!」
一句一句区切りながら、ようやく苦悶に顔を歪ませた人間に告げる。
この自分がどういう存在なのか、教え込む。
その狂気で。その暴力で。その力で。
その身体に。その心に。その魂に。
そう、今は夜であり、彼は吸血鬼。
血のみを喉に受け入れ、十字架に目を背け、聖歌から耳を塞ぎ、大蒜(ニンニク)の匂い
に嘔吐し、日の光に身を焼かれるのを引き換えに、彼は闇を統べる暴帝となったのだ。
たかが人間相手に、何を無様に醜態を晒していた?
処女のように哀れに泣いて許しを乞うのは、捕食者の役目ではない。土手っ腹に大きな穴
が開いた、この男の役目だ。
「お前……、誰だ……?」
手に付いた汚らわしい聖職者の血を振るい落としながら、吸血鬼は呆れた。
「『誰だ?』だって? アンタ、頭わりぃんじゃねえの?」
前屈みに腹を押さえているので、丁度いい位置に喉仏がある。お誘い通り、喜んで爪先を
蹴り入れる。血を吐きながら無様に転がり回る神父の姿は、酷く滑稽で愉快だ。
「さっきからずっと遊んでんじゃん?」
「おまえは……、ちがう……」
さすがアレクサンド・アンデルセン神父。グールですら、この半分の力で首から上が消え
去るのに。
そうでなくては面白くない。そうでなくてはこの力のぶつけ甲斐がない。
「ほら、どうした? まだ腹に穴が開いて喉が潰れたただけだろ?」
過剰な力を受け筋断裂と骨折を起こした腕と脚は、既に修復していた。
更に体組織を組み替える。全身の筋量増加と骨格強化が急速に行われる。法具で受けた傷
すら埋めてしまうほどに。
「立ち上がれ! オレと夜明けまで遊ぼうぜ! なあ、ジューダス・プリースト!」
犬歯がずるりと伸び出す。吸血鬼の象徴たるそれは、口腔に収まり切らない。溢れる唾液
は、牙の先から滴り落ちるほどだ。
「さあ夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!! 早く(ハリー)! 早く(ハ
リー)早く(ハリー)! 早く(ハリー)早く(ハリー)早く(ハリー)!」
自分の身体が急激に変化していくことに、吸血鬼はさしたる疑問も抱かなかった。
それも当然。何故なら彼は吸血鬼であり、蹂躙と凌辱は呼吸も同然なのだから。
むしろ、真に心に描く暴力を発揮できぬ身体の方がおかしいのだ。
懐かしい、と吸血鬼は思う。馬鹿みたいに魔力を行使してくれたお陰で、ようやく戻って
これた。阿鼻と叫喚を合唱させるに相応しい、この世界へ。
この身体はオレの物だ。お前の物じゃない。この『伊藤惣太』の物だ。
肉体も、やっと本当の暴力を使えることに歓喜している。それが手に取るように分かる。
「お前じゃ、ない……」
「だ・か・ら!!」
鉤爪の生えた両手を出鱈目に振り回す。けれど決して急所は抉らず、この阿呆を切り刻む。
「このオレが『伊藤惣太』様だっつーの!!」
「お前では、ない!!!」
怒声をあげる。アンデルセンは本当に怒っていた。
屍体が動くことよりも、屍体に嬲られることよりも、殺し合いを邪魔されたことの方が許
せなかった。
「お前のような下衆に用はない!! 貴様のような三下に用はない!!」
立ち上がる。銃剣を握る。腹に穴を開けられながら、喉を潰されながら、それでも声を張
り上げる。
「さっさと奴を俺の前に出せ!! この畜生が!!」
人の身で化物を打ち倒す為に化物に立ち向かうのならば、化物に打ち倒されても構わない。
だが、畜生にくれてやるような安い命ではない。畜生が殺れるような安い魂ではない。
畜生が、人を殺せるわけがない。
「贋物が、俺の前に立つな」
「このオレが贋物だっつーのか、おっさんよぉッ!!」
その一言は、どうやら吸血鬼にとっては禁句だったらしい。
「あんなタマ無しヘタレ野郎のどこが本物だっつーんだ!?」
吸血鬼の怒りに呼応し、体躯が更に膨れ上がる。
「このオレ様が、唯一無二の、本物のヴァンパイアの伊藤惣太だ!!」
「黙れ、下郎……」
「ああ、ああ。もういいよ。分かった。分かったからさ」
左手に『サド侯爵の愉悦』を握る。
「もう終わりにしようや?」
吸血鬼の宣告は、だが神父の耳には入らない。畜生の言葉を解せる耳を、アンデルセンは
持っていない。
「奴を出せないというのならな……」
憤怒を滾らせる。ようやく面白くなってきた出し物を、中途半端なところで打ち切られた
のだ。許せるはずがない。
「そのまま死ね!!」
「死ぬのはテメェだ」
吸血鬼は至極あっさりと銃剣を躱し、その手に持つナイフを脳天に突き立てた。
「大人しく死んでろ」
『サド侯爵の愉悦』は頭蓋を貫通し、刃先はその下にある脳に達した。
「この身体は、俺のものだ」
伊藤惣太は、自らの手で頭を貫きながらも、高らかに宣言した。自らの内に潜んでいた、
悪意に向かって。
「テメェは永遠に消えてろ」
ずるりとナイフを抜く。こびり付く脳漿は、きっと『彼』の残滓なのだろう。
どっと疲れる。身体は『彼』の消失と共に元通りになった。急激な身体変化による反動が、
否応なしに惣太を襲う。
それでも、伊藤惣太は自らの意志でこの身体を取り戻したのだ。代償はいくらでも喜んで
払おう。
「よぉ、吸血鬼……。戻ってきたな」
「ああ……。戻ってきたぜ、神父様」
「それで、どうする? 命乞いでもするのかね?」
「見逃して貰えるんスか?」
「この俺が化物を許すとでも?」
「ですよねぇ」
笑う。月光の下、殺し合いを続けてきた二人の男は、互いを称え合う。
そして、最後の一撃を食らわせる為に、どちらともなく距離を開けた。必殺の距離を。
そこへ、一人の女がやってきた。
スポンサーサイト